高齢化社会が急速に進行している現在、脳卒中などに代表される脳血管障害が原因で失語症になる患者が少なくないといわれている。 1998年度の厚生省の推定では、言語訓練をはじめとしたリハビリテーションを必要としている失語症患者の数は、 全国で約12万人であるとされている。

このような現状において、リハビリテーションを行う専門家である言語聴覚士(Speech Therapist:ST)の数は2002年現在 約6,000人程度であり、 欧米諸国と比較して訓練を必要としている患者数に対する言語聴覚士の数が非常に不足していると言われている。 さらに、失語症患者のリハビリテーションを行う施設は大都市に集中しており地方では非常に不足している事も問題となっている。 また、失語症患者は、大脳の言語処理を司る部位のみでなく運動機能を司る部位も併せて障害を受けている場合がほとんどである。 このため、日常生活を送る上で家族などの援助や介護が必要不可欠となり、 失語症患者が言語訓練を受けるために訓練施設に通う場合、家族などの付き添いが必要となり家族の負担も大きくなる。 以上のような理由から、失語症患者のリハビリテーションは、 言語訓練を何度も繰り返し行うことが効果的であるとされているにも関わらず患者は充分な量の言語訓練を受けることが難しい状況にある。

このような背景のもと、失語症患者が訓練施設に通えない時でも患者が容易に自習訓練を行い、少しでも回復を早める目的で、 言語聴覚士が失語症患者に対して行っている言語訓練の一部分をスタンドアロン型のパーソナルコンピュータ上で動作する失語症患者用言語訓練装置が試作され、 その有効性が確かめられているが、特殊な機能を持ったハードウエアが必要であったり値段が高価なことなどの理由で一般に普及するには至っていない。

　一方、インターネットの爆発的な普及に伴い、誰でも比較的容易に自宅のパソコンをインターネットに接続し、 多種多様の情報を発信するWWWサーバにアクセスし、ホームページを閲覧したりショッピングを楽しんだりできる環境が整いつつある。 本研究では、このような背景をふまえ何処からでも失語症患者がインターネット環境を利用して訓練施設などに設置されている言語訓練用WWWサーバにアクセスし、 ホームページを閲覧するのと同様な操作で患者の能力にあった言語訓練の自習ができる言語訓練システムを構築しその有効性を検討することを目的としている。 さらに、失語症患者に限らずインターネット環境を活用した様々な福祉支援の可能性について検討することも考えている。

　図1にインターネット環境を利用した失語症患者用言語訓練システムのイメージ図を示す。言語訓練用WWWサーバには、言語訓練プログラムやそのデータの他に言語訓練を行う患者ごとに適切に設定された訓練条件データおよび、訓練結果を保存する訓練結果データがある。言語聴覚士は、訓練結果データを参照し、訓練を行う患者の訓練の進み具合や言語能力を把握して必要があれば、訓練条件を変更することができる。
　このように、本研究で提案する失語症患者用言語訓練プログラムは、自宅から好きな時間に好きなだけ言語訓練を行うことができるだけでなく間接的ではあるが、言語聴覚士の指導のもと言語訓練を行うことが可能であるという特徴を持っている。

１．第15回日本言語療法学会・総会　1999年8月(札幌)
　　『失語症患者のためのネットワークを利用した言語訓練支援システム』
　　渡辺 陽子、世木 秀明、桐谷 滋、今川 博

２．9th International Aphasia Rehabilitation Conference 2000年8月(オランダ　ロッテルダム)
　　『Web Based Word Training System for Aphasic Patients』
　　Hideaki SEKI, Yoko WATANABE, Shigeru KIRITANI and Hiroshi IMAGAWA

３．25th World Congress of IALP　2001年8月(カナダ　モントリオール)
　　(25th World Congress of The International Association of Logopedics and Phoniatrics)
　　『A WEB BASED WORD-TRAINING SYSTEM FOR APHASIC PATIENTS』
　　Hideaki Seki, Yoko Watanabe, Shigeru Kiritani and Hiroshi Imagawa

４．第17 回ライフサポート学会大会 2001年8月(東京)
　　『インターネット環境を利用した失語症患者用言語訓練プログラム』
　　柿沼 武志、世木 秀明、渡辺 陽子